No.157タジキスタン⑧ーホログという町ーホログ

—前回までのあらすじ—

タジキスタンのホログという街についた私、最初の観光で向かった先はガラムチャシマという小さな村。そこには源泉掛け流しの温泉が。石灰の混じったお湯は日本のそれに変わらぬ心地よさであった。


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おいでやす〜。

はじめに

居心地よすぎたジロカストラを明日とうとう後にしようかと思います。本当に素敵な町というか村というか。観光客慣れしてないものいいですよね。みんな興味津々に声かけてきます。時にバカにされてんのかもしれないけど。笑

北マケドニアで出会ったゆうたくんと再会しました。人見知りのゆうたくん、最初ホステルで外国人とよう喋ってしまった私を嫌ったかのように見えましたが違いました。めっちゃいい子でした。今の私のうんちみたいな髪の毛を整えてくれた子です。

夏も近づいてきましたね。夏が来たらあれ観ましょうね。「あの花」観ましょうね。観てない人観ましょうね。最後まで。ああ。観てない人は今すぐ観ましょうね。アニメです。

ホログの日常。

前回は、「ガラムチャシマ」という温泉がある小さな村に伺いました。ここには源泉掛け流しの温泉があったのです。まじ、ハンパねえ!!はい、最高でした。

No.156タジキスタン⑦ーパミールの温泉・ガラムチャシマへGOGO!ーホログ

そんなわたしゃ遂に念願のワハーン回廊に突入するのである!!

 

 

 

と、その前に。

私はこのホログという町を振り返りたいと思います。

ワハーン回廊に突入する記事を書く前に、この町の人たちの写真を振り返りたいと思います。写真展です。

のどかな町が好き。そんな私が撮ったひと時の写真です。

 

ええ。さっさとブログ進めないとやばいだろ?

ええ。ただでさえタイムラグが8ヶ月あるのだから!

という声がちらほら聞こえてきますが

 

だまらっしゃい!!笑

 

 

 

 

ホログからの景色は本当に綺麗だった。大好きだった。

観たこともない山の形、木々の色と山が交わって彩る風景は本当に私の心を躍らせました。

この先に向かう「ランガル」「ヤムチュン」「イシュコシム」それらの景色もまた違う絶景があるんですけど。

そもそもホログってどんな町??

ホログ(Khorugh)(タジク語: Хоруғ)は、タジキスタン共和国のゴルノ・バダフシャン自治州の州都。人口は28,000人。パミール高原の標高2000mに位置する。Gunt川とパンジ川の合流点に拓けた町で、北と南には川の作り出した扇状地となっている。パンジ川はアムダリヤ川の支流のひとつで、タジキスタンとアフガニスタンとの国境となって流れている。

(wikiより)

人口28,000人しかいないんだ。

川に沿ってできた町だ。

 

 

宿を出ると子供が遊んでいて、みんなフレンドリー。

タジキスタン は英語学習が盛んなのか、こんな小さな子でも

「My name is ホジュベク(この左の子の名前)」

なんて自分でいきなり自己紹介してくる。あら、可愛い。

 

みんな将来有望な顔立ちしてんの・・・。笑

とにかく私のような外国人を見つけると「宇宙人」にあったかのような感じでじわじわ近づいてくる。笑

 

 

んでもって、少し時間があれば十分、この子たちと簡単に打ち解けられた。

 

可愛いは正義だよ。

みんないい顔してんね。

 

こりゃすごい笑。

なんか習い事してんのかな?

 

あちゃーー!!

 

そのキラキラした瞳をいつまでももっていてほしいな。

簡単な挨拶しかできないけど、それでも彼らは最初に「Hello—!!!」って声おかけてくる。

その後の質問には笑って逃げてしまうんだ。可愛い。

 

 

ホログはタジキスタンの中でも最も貧しい地方らしい。

19世紀まではブハラ・ハン国やドゥッラーニー朝のアフガニスタンや帝政ロシアなどの係争地であった。イギリスとのグレート・ゲームに勝利したロシアは、パンジ川のアフガニスタン国境以北を支配下に置き、1925年、ソ連のゴルノ・バダフシャン自治州ができると、その首都となった。今日でもタジキスタンで最も貧しい地方となっている。

(wikiより)

果たしてそうなのだろうか。

 

町の中心部から見えるアフガニスタンの山。絶景である。

私は町から見える景色が好きだった。

 

 

ブロックのように積まれたパンたち。中央アジア、パンはもはやのざらし。

他の国もそうなのかな??

 

地元の人たちの絶えない会話。

こんな小さなコミュニティの場所で生まれたら悪さなんてできないだろうな。すぐ知れわたっちゃう。

 

バザールの風景。

 

 

貧しいとはなんだろうか。まあ、経済力の話なんだろうな。金額で示すそれ。

多分観ているとここは全然貧しいとは思わなかった。物乞いもいないし。

旅行していると色々考えることがある。

 

将来の日本ってどうなるんだろうってすごく感じる。

日本って悪い意味とかではなく、本当に特に変わった、不思議な国。やっぱり島国の独特な世界がある。(ちなみに私は日本が大好きです。)

人口は減っていき、他国にGDPを抜かれたり、英語も達者じゃない。

でも、それでも日本の人たちがそこまで

「それは大変だなあ。まあなんとかなるでしょ。」みたいな

危機感持たないのは、自分たちでなんとかできるからなんだろうと。

海あり自然ありなんでも揃っているであろう自分の国は自分たちでなんとかできることが多いんだと思う。

いつまでも変なNationalizeしないで、一定の距離を保って素敵な国を築き続けてほしいなって思う。
ただ、そんな話も夢物語であって、世界の動きに飲み込まれてしまうのは必至で、自分も含めて大抵の人が母国語しか喋れないこの環境は今ですら尚、将来はもっと大きな弊害が起きていくんだろう。

だから、旅行していると「みんな!日本、このままだと本当に結構やばいよ!気づいて!」って感じたりする。何を私は焦っているんだろうか。日本のこと心配しているんだろうけど。

 

どこの国が裕福で、どこの国は貧乏だとか。

そういう話は人からあまり聞きたくないし、自分でこの国は貧しいよねとか言いたくない。何を基準に話しているのかもわからずに。発展途上国っていうのも余計なお世話だと思う。

ただ、実際貧富の差は目に見えてわかることはたくさん。物乞いの人や、スラム街が目に入ったり、私を見ればお金を要求してくる人。そういう人がたくさんいる国はある。

 

私は恵まれているのだろう。

日本の技術はすごいね!!って言われるけどそれは自分の力じゃない。優秀な人がたくさんいるから。

 

 

ホログのような町はwikipediaで「タジキスタンで最も貧しい地方」なんて書かれているが、町を歩いてて全くそんなことを感じたことがなかった。

ここにも美味しい果物も豊富で家畜もいるし、イスラムの文化の人との助け合いもあってか、すごく楽しそうだった。

 

iPhoneがあれば幸せか、ナイキのシューズがあれば幸せか、グッチのバックがあれば幸せか、ティファニーの指輪じゃなきゃ不満か。

こういう生活感あるものを見せられると、自分の本当に感じる価値観というものは何か考えることが多くなる。

自分の前職は富裕層相手にする仕事だったから、そういうことがより強く感じる。

今様々な世界を見れて本当に楽しい。本当に世界中の色々なものが見れている。いい経験しているんだろうな。

 

それくらい、ホログののどかな感じが好きだった。

 

実はタジキスタン内戦があって、このゴルノバダフシャン自治州は敗戦地。ドゥシャンベのある西部の地域側が勝利を収め、タジキスタンは独裁国家のような感じの国らしい。(F氏情報)

警官とこの地域の人との対立は根深いようです。

イスラム系反政府勢力の活動が活発。2008年には、2度にわたりホログの警察署が襲撃を受けた。しばしば反政府集会も行われている。また、2011年にはホログの裁判所の判決を不服とした集団が裁判所を襲撃する事件も発生。2011年10月21日現在、日本の外務省は渡航情報(危険情報)を通じてホログを含めたゴルノ・バダフシャン自治州のアフガニスタンとの国境付近について渡航の延期を勧めている。

(wikiより)

 

 

色々考えるとよくわかんなくなって、こんがらがる。でもここの景色を見てると何も考えなくていい感じがして、それが大好きだった。

 

だらだらと、よくわからん能書きたれて申し訳ありませんでした。

 

そんじゃね、ワハーン回廊に進んでいきたいと思いやす!!

 


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