No.149ウズベキスタン③ーウズベキスタン人の裏切り。一番悲しい別れ。ータシュケント

—前回までのあらすじ—

ウズベキスタン初日私はカザフスタンの国境で両替商に騙されたり、ウズベキスタンの国境の管理の警察官に騙されそうになったり疲れていた。そんな中メトロで出会ったウズベキスタン人に半ば強引に実家に連れて行かれてしまう。そして彼の親戚で溢れる食事会でもてなされ、何かと色々あった1日だった。


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おいでやす〜。

はじめに

日ハムの吉田くんが初勝利を収めました。本当におめでとうございます。彼は昨年秋田の金足農業で大活躍した彼です。容姿端麗・野球上手。前記事に書いたネオくんに匹敵する素晴らしい才能の持ち主ですな。

さて私はとうとうこの旅30カ国目のギリシャに到着しました。まずはテッサロニキというギリシャの第二都市。アテネの次に栄えている場所だそうです。なんかね、文字があれなんですよあの数学で出てくる変な文字。ってかギリシャ文字か。笑

物価はこのバルカン半島の中でも上がりました。宿代もドミトリーで1,500円以上する感じです。長期滞在は避けたいと思います。こういう時はサクッと、観光も楽しみ、移動をする。もともとアジアにいた時は割とスピード感ある旅行してたので、少し取り戻したいと思います。

タシュケントへ戻る・・・が。

ウズベキスタン初日、本当は宿に泊まるはずだったのに泊まれず。

バス停で出会った青年に半ば強引にタシュケントから1時間ほど離れた彼の実家へお邪魔することになったのでした。本当に自分でも何が起きたのか正直理解が追いつきませんでした笑。

本当にご家族の方感謝しております。

No.148ウズベキスタン②ーウズベキスタン人の家にお邪魔します。偶然の出会い。ータシュケント

 

さて、私は割と早くタジキスタンに入国したかったので彼の実家からタシュケントへ戻ることとしました。今回はその時の話でありんす。

朝、目覚めるとアサドのお母さんが料理を出してくれました。本当に色々とありがとうございます。

前日は両親がやってきて、まるで就活の面接のように質問の嵐でした。

 

 

 

アサド父「幾つだ?結婚してるのか?子供はいるのか?兄弟は?仕事は何をしてる?」

イスラム圏の国を旅している人にはよくわかるであろうこの質問ぜめ。まずは血縁関係や結婚の有無。

 

 

そして、

アサド父「給料はいくらだ?東京に住むならいくらかかる?教師の給料はいくらだ?」

 

 

 

「えええ!もうそんなこと聞くの!?」なんて感じでがっつり給料のことを聞かれることはよくある。てかほぼほぼ。こっちの方ではそれが当たり前なのだ。ちなみになぜ教師の給料を聞くのかというのは、アサド父が教師だからだ。

キルギスでヒッチハイクしているときも、親子でジャララバードに向かっていた家族に質問されたし。

No.119キルギス④ーアルスランボブへ人生初のヒッチハイクで向かうのである・前編ーオシュ

 

 

でね、単純に給料だけ答えると「うわああああ、大金だ、、」なんて反応はよくされるので、東京で済むとこれくらいかかるんだよって説明する。そこ結構大切。だから貯金も大変なんだよ〜ってね。

それでも、日本円の貨幣価値の高いのは間違いないけど。

そんな感じで彼のお父さんとの面談(笑)は終わった。

弟君とチェスをやりました。これはキルギスのアルスランボブでもやったな〜ベグナザくん元気にしているかな?

No.122キルギス⑦ー大自然アルスランボブでトレッキングーアルスランボブ

そんなこんなで、私とアサドはタシュケントに戻ります。

雨でした。お母さんに見送られて出発です。

わざわざ雨なのに大通りまできてくれました。本当に本当にいいこ。笑顔が素敵。

 

さて、私はこれでタシュケントの宿に行きネットに繋ぎタジキスタンのVISAの申請をして、申請が降りるまでタシュケントの観光をしようではないか。

いやーアサド本当にありがとう。

 

アサド「Takuro、最近できたショッピングモールに行こう!連れて行ってあげる。」

我「・・・おう!」

ということで、タシュケント南部の大きなショッピングモールにやってきました。

彼は私とまだまだ遊びたいようです。・・・よかろう。

最近オープンしたばかりで多くの人で賑わっていました。

誰かがライブをしていて、盛り上がりが凄かったです。なんだろ、越谷レイクタウンにデカいイオンができた時みたいな感じかな?笑

てか、レイクタウンのマンションて幽霊出るって本当ですか?元は火葬場の跡地だったからとかなんとか・・・。はい失礼しました。

こんな感じでね、入場時にも荷物検査があったり。

タシュケントの町並みから見るとここだけかなりきらびやかだった。

おおお、、本当に盛り上がっておるの。

 

 

 

おけい、私はもう満足した。アサド、そろそろ私は行こうと思う。

 

アサド「なんでさ、宿なんか行ったらお金かかっちゃうだろ?うちに来て泊まりなよ、それでタジキスタン行けばいいじゃないか?」

私「ネットが使えないと、ビザが申請できんのだけど」

アサド「Doesn’t matter!! 大丈夫、今シェアルーム住んでて友達がwifi貸してくれる!」

※ちなみに彼が背負っているのは私のサブバッグ

もはや、離す気がない笑

 

私「お!なら大丈夫だね〜〜」

 

 

アサドによる拘束。

アサドは学校に通うために住んでいるタシュケントのシェアハウスに本日は連れて行ったのだ。

この辺りから私は若干疲れていた。笑

自分の意思に反することが起きるとすぐに疲れる笑。

前もいったが今は自分勝手に過ごしたいのである。

でもね、若いし、いい子だと思うし楽しそうだし、いいか!

 

とあるタシュケントのビルの一室で4人の学生で暮らしているアサド。

シャワーを昨日から浴びてなかったのでシャワーを浴び、
布団を貸してくれて私はここで気づいたら寝ていた。

そしてアサドは学校に行くと言っていた。

 

この時から私はもう写真を撮るのをほぼほぼやめていた。ので、この写真一枚。

 

 

 

目が覚めると、すでに夕方、ルームメイトが帰ってきていて、みんなでたくさん話をした。友達たちは英語が話せたのでコミュニケーションで困ることはなかった。

 

 

 

そして、アサドが帰ってきて、

「いつもバイトで英語の先生をしていて、明日授業がある。takuroにも出て欲しい。せっかくの日本人に会えたから。教室のある施設に夜のうちに行って今日はそこで寝よう。」

 

 

 

 

 

・・・。

 

 

「ここで泊まるんじゃないの?苦笑」

 

今日の感じからもう感づいていたが彼は忙しない。オラもうホステル行きたい。

 

 

私「ネットは?」

 

 

アサド「SIMカードを買おう。」

 

 

私「おいおい・・・笑 なら最初から買ってたよーーー。泣」

 

 

 

まあ、彼は自分が外国人を英語教室に連れて行きたかったからだろうか、これだけ連れ回してきたのだろう。

それが終わったらもう離れよう。

 

 

これは翌日の写真ですけど、私は夜中にアサドとここに到着しました。

しかし、仲良しなのであろう警備の人と話しても「今日はここに泊まれないよ」と。

 

私「・・・何してんのさ。」

もはやもう何も言えないくらいめんどくさくなってた。

 

 

アサド「もう今日は遅いから、近くの友達の家に泊まろう。」

 

 

もう、そうするしかなかった。

 

しかし、彼の違う友達の家はちょっと表現できないくらい汚かった。
トイレにはフナムシのような虫がめちゃいるし、とにかくもう耐えるしかなかった。

SIMカードもウズベキスタンの電波は弱くネットも全然使えない。はあ。

 

 

 

アサドの英語教室のバイト先へ。そして最悪の別れ。

翌日、英語の授業にやってきた。

授業前には多分職員であろう優しそうな先生と挨拶をした。感じのいいおばさんだった。

「日本からはるばるありがとうね。」といってくれて嬉しかった。

 

ここで私は日本のこと少し生徒の子に紹介してあげた。

教室の横にある世界地図で日本の距離を見てみんな驚いていた。

興味津々で聞いてくれて嬉しかった。いろんなことあったけどきてよかったかな。

そしてアサドが授業をする。

彼は相変わらずなんか忙しない。

 

すると、授業はなんと20分もしないうちに終わったのだ・・・!!

 

え、早くない!?笑

思った。こいつ適当すぎだろ。

 

 

この日、何やらアサドはよく電話をしていた。

この界隈の人はよく電話をするが、それでもよく電話をしていた。

 

事件発生・最悪の別れへ

事件発生した。

アサドはまた電話をしていた。
電話を切った後、何やら不満そうな顔をしていた。

「聞いてくれ。」とでも言わんくらいに。

 

聞くのめんどくさいな。って思いながらも聞いてあげた。

 

 

すると

 

 

アサド「給料を払ってくれないんだ。ウチの上司」

 

 

 

私「え!?・・・うん。」

上司ってあの優しそうなおばさんか??

 

 

 

アサド「で、じつは昨日から母親の体調が急変したんだ。」

 

 

 

 

私「ええ?!」

なんかもう全てが急展開すぎる。

本当なら大変だ。

 

 

 

アサド「母親が実は昨日から病院に行ってて、薬代を払わなければならない。」

 

 

 

 

私「・・・うん。」

 

 

 

 

アサド「でも、ここで給料もらえなかったからすごく困ってんだ。」

 

 

 

 

私「・・・うん。」

 

 

 

 

アサド「takuro、お金を貸してくれないか?俺のパスポート渡すから、次会うときに返す引き換えに持っていてくれ。」

こいつ何を言い出すんだ。

 

 

 

私「いや、すぐそこに上司いるんだろ。俺も連れてけよ。もう一回聞いてみよう。」

 

 

 

 

アサド「いや!何度も交渉したんだ。でもダメだったから」

 

 

 

 

私「いくらすんの?」

 

 

 

 

アサド「1,000,000スム(120ドルくらい)だ。」

 

 

 

 

 

私「・・・。お前、それ友達に頼んだのか?」

 

 

 

 

アサド「全員に頼んだが無理だった。」

 

 

 

 

ああ、こいつ嘘ついてる。

 

昨日会ったとき友達は全く彼を心配する様子はなかった。全く以って楽しそうだった。

思えば、アサドはところどころおかしなことがあった。

この2日間、移動費のタクシー代も、食事代も、払わなかった。
でもいい。泊まらせてくれたり親切にしてくれてたから。

それ以外にもSIMカード買った後、なぜか俺の携帯で電話しようとしてきたのだ。自分の電話料金をかけたくなかったのだろう。

あの電話は演技だ。最悪だ。

 

 

こいつも結局俺から金を巻き上げようとしてる。一瞬で今までの思い出が崩れてしまった。

こいつをぶっ飛ばしたい。

 

 

若いし、やはり日本の物価の話や、持っているカメラを見てもしかしたらと思ったのかもしれない。

 

 

私は無言で施設に向かった。上司に直接聞きたかったのだ。英語が話せるから。

 

 

警備の人に

私「もう一度中に入れさせてくれ、アサドの親が入院して、薬代が欲しいのにここの職員は給料をくれないらし・・・」

アサド「takuro!もう無駄だよ行こう。」

 

 

私が話している言葉の上から覆いかぶせるように、まるで焦っているように彼は私の言葉をかき消したのだ。

嘘だ。最悪だ。

 

 

 

私「信じられないよ。俺は2日前に出会った、ただの外国人だ。そしてお前も俺からしたら2日前に出会った外国人だ。そんな人間に1,000,000ソムなんて大金借りるか?とにかく俺ももう無理だ、もうお別れだ。行かしてくれじゃあな。」

問題は起こしたくない。

 

 

アサド「たった1,000,000ソムだよ?」

 

 

 

 

プチっ。

アサドの胸を小突いてしまった。でも本当はぶん殴りたいくらいだった。

人生で小突いたことすらなかったから自分でもびっくりした。

 

「たった(only)1,000,000ソム」という、英語の表現だからニュアンスが違うかもしれない。
ただ、こいつは自分の母親を使って人から金を取ろうとしてるんだ。

最低だ。

あいつの実家見て思った。こんな事態が起きるはずがない。ウズベキスタンの中でも裕福だ。おそらく。実家を出る前にはお小遣いももらっていた。こんな問題起きたら父親や親戚がなんとかする。

 

 

 

 

こいつはクズだ。

 

 

 

 

そして、後日私はたまたまアサドのシェアルームの友達と仲良くなってインスタのアカウントを交換していたからメッセージで
アサドの母の病気のこと・お金を借りたいとの申し出があったか聞いてみた。

 

 

すると

「なんだそれ!?聞いてないぞ」

と返事が来た。

事情を全部説明した。

そして

「こういう人間のせいで旅行者はウズベキスタン全体の印象まで変わってしまうこともある。だから本当につらかった。」

と伝えると

「takuro、本当にごめん。後日アサドに聞いて俺らみんなで問い詰めたよ。で、彼を叱った。本当に恥ずかしいよ。ごめん。どうか気をつけて旅をしてくれ。」

と。

 

 

とにかく

正真正銘の嘘だったのだ。他の友達も知らなかったらしい。

 

 

確かに最初は本当に日本人である私に興味を持って親切に色々もてなしてくれたのだろう。

いつしか、私の持っているカメラを見てなのか、日本の物価の高さを知ってなのか、彼は魔が差したんだろう。

少しお金を巻き挙げられるんじゃないかと。

クズだ。

日本は経済的に豊かなのだろう。みんなバイトさえすれば簡単に海外旅行に行けてしまう。それが私たちの当たり前でも、世界中の人によっては「ありえない世界」なのだ。

 

 

 

とにかく、俺はもう辛くて泣きたくなった。

駅が近くにあったので歩き出した。

アサド「takuro!ごめん!」

 

アサド「takuro、takuro??」

 

アサド「takuro、、、本当にごめん。」

 

 

全部無視した。もうこいつは友達でもなんでもない。

辛かった。何が辛かったかというと、こんなやつと友達じゃなくてもどうでもいい。

親切にしてくれた親戚の方々への申し訳ない気持ち。楽しかった時間が全て台無しになってしまったからだ。

悲しい。

「また今月中も集まるから来てね」と言われタジキスタンから帰ってきて、またタシュケントに戻った際に伺うことを約束してたのだ。

もう一生行くことはない。このクズ人間のせいだ。

この旅をしてて、たくさん写真を撮る。そのあとにこのようにお金や何かでトラブルが起きたとき、その写真の価値が一気になくなってしまう、むしろマイナスの感情が生まれてしまうときがある。

私はそれが本当に嫌いなのだ。

 

この写真を見ていつも心苦しくなる。

 

周りがいい写真と思っても私にとっては「負」の写真なのだ。

この記事を書いてても腹の底が気持ち悪い。本当に嫌な思い出なのだ。

 

 

 

アサド「タジキスタンから帰ってきたら、電話してね。みんなでまた会おう。」

 

 

最後まで私は彼を無視して彼は去っていった。

 

 

タシュケントの思い出はあまりにも苦いものになったのだった。

 

 


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